クラフトマン深田洋史

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深田 洋史(紹介記事)

どうして無骨なラガーマンがクラフトマンになったのか?

深田 洋史(紹介記事)

大学時代、今までの『根性ラグビー』ではなく、「こうなりたいと思うのなら、なるためには、何をどうしなければいけないのか』を叩き込まれた。そして常に『一方向から見るのではなく、違った角度からも確かめてみること』の大切さを学ぶ。また人間の体は、その人特有の動き方があり、科学あるいは数字では表せないフィーリングがあることを知る。そのことが根底にあって、今までの常識にとらわれることに疑問を持ち、自分がゴルフを始めるようになってからは体の働き方と、クラブの動き方を研究。

下記のいくつかの仕事から得た知識を応用し、独自のスウィングタイプ理論を持つに至った。神戸市出身。父である会長の影響を受け、同志社大学に学ぶ。

学生時代はラグビー部に籍を置き(大八木選手と同期・平尾 元全日本監督の1期上)かの3連覇、黄金時代を過ごす。卒業時、数多いラグビー関係からの就職の誘いを断り、将来『自分の手で商売がしたいから』との理由で求人関係を主業務とする広告代理店に就職。そこで飛び込みをベースとした営業を学ぶ。

その後スカウトされ、工業デザインとグラフィックデザインを手がける制作会社に転職。売り上げを1.5倍に伸ばしたが、営業方針がトップと折り合わず退職。

退職後、当時“コブラ”の輸入代理店であった“イタニトレーディング”社長、伊谷寛吉氏が父の友人であった関係から、同社に就職し、東京に行動拠点を移す。イタニトレーディングでは、主に北関東(栃木・群馬・茨城・埼玉)から東海(神奈川・静岡・岐阜・愛知・三重)を担当。200社(店)を超える担当先を廻るため、1ヶ月のうち25日以上を車で出張する。過酷なスケジュールではあったが、学生時代にラグビーで鍛えた体力と根性でやり通した。その間に、数多くの他社営業マンと人間関係を築き、またいくつものゴルフ工房をつぶさに観察。その中でも特に優れた技術を持つ工房には、休みがあれば入り浸り、無償で手伝いをしながらクラブつくりのノウハウを盗む。

イタニトレーディングを退職後、退職金と失業保険で食い繋ぎながら工房で最後の修行を積んだ。自腹で購入したカーボンシャフトを燃やしたり、当時まだ高価だったチタンヘッドを切断して構造を調べてみたりとクラブの研究に執念を燃やす。繊細な作業をするには、必要な力に数倍する力が必要とされるが、無骨なラガーマンには、その力が十二分にあったのも現在を支える大きな要因になっているのも面白いところかもしれない。

そんな店長の『知識』『技術』『センス』が、ユーザーからの絶大な信頼と評価を得て、今日の当店を支えている。

スーパーゴルフ2006年2月1日号において取り上げられました

これらの技術が各種メディアで話題沸騰です

スーパーゴルフ2006年2月1日号において取り上げられました

これらの技術が、スーパーゴルフ 2006年2月1日号において取り上げられました。

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各種メディアに掲載されています

2004年7月15日号のゴルフトゥデイで、
オーシャンクラブが紹介されました。

 

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